2022年1月6日木曜日

北山あさひの歌について

北山あさひさんから「現代短歌新聞」2021年12月号をいただきました。『崖にて』以降の作品を『現代短歌』の連載や「うた新聞」などでおもしろく読んでいたこともあり、当号の巻頭作品も読みたく思ったからです。巻頭作品は「札束で〈地方〉の頬を叩くな」12首。「頬を叩く」から北山川の吟行付句「上の句下の句往復ビンタ」のネーミングセンスを思い出したりもしました。連作について。冒頭の詞書から「寿都町長選挙 争点は「核のごみ」」が一連のテーマであることは明白ですが、ここで考えてみたいのはタイトルにもある〈地方〉について。四首目、五首目を引用します。

薄暗い水平線を見ていたら〈地方〉という字がのぼってくるぞ/北山あさひ

貧しくてダサくて頭が悪いから〈地方〉は嫌い、でもペンダント

連作の冒頭三首では上記の寿都町長選挙のことが具体的に詠われます。なんだけれども、続く二首はそれが〈地方〉の問題として抽象化される。この点について、ひとつ補助線を引いてみます。『短歌研究』2021年8月号の瀬戸夏子「名誉男性だから」。「短歌を男性的であるとする論も女性的であるとする論も対になるものが想定されている時点でそれはどちらにせよ女なのだ。想定される「ではない」方はつねに女である。(……)釈迢空は女である、斎藤茂吉が男であるなら。斎藤茂吉は女である、土屋文明が男であるなら。」。この文脈に当てはめて考えてみると〈地方〉は〈中央〉「ではない」ものを指す言葉になります。では、すべては〈中央〉ー〈地方〉の対の問題に終始してしまうのか。ここで「うた新聞」2021年8月号に掲載された北山さんの連作「虚しさを打ち返せ」から一首引用します(余談になりますが、この連作は〈木をくぐるつかのま白き手裏剣のヤマボウシ見ゆ「山」と言えば「川」〉〈蟬穴にひらかれている蟬の眼よ 貸しは必ず返してもらう〉などおもしろい歌がたくさんあります。前の号の「今月のうたびと」は平岡さんでこちらも個人的には2021年の平岡さんのベスト連作だと思っているのでお買い求めの際は二号まとめてどうぞ)。

パフェグラスの中の階級あおざめるように翳ればもう降っている/北山あさひ

ツイッターをやっていると見ない日はないパフェ。パフェグラス。その構図を〈階級〉と表現できることに圧倒されます。わたしはパフェには明るくないですが、あのグラデーションのことを〈階級〉と呼び得ることはわかります。「札束で……」の連作だと〈よろこびの筋を支えるさびしさの腱 奈落より網引き揚げる〉が相当するでしょうか。〈札束〉の〈札〉は〈札幌〉の〈札〉でもありますね。短歌定型をパフェグラスひとつと考えるならば、底に落ちていくものが〈さびしさ〉である。けれども、パフェグラスであることによって底抜けはせず仮止めされていることがポイントではないか。「札束で……」の連作では五首目の結句〈、でもペンダント〉がそこに相当します。この一首は結句に入ってからの屈折が少しわかり易すぎるかなとも思うのですが、『現代短歌』の連載に何首か結句表現がおもしろい歌がありました。

境内の横で奇妙な体操をしている男 黒ずくめ 見ず

企画書に城と氷河と横顔をちりばめながら大人、しっかり

「冒険」『現代短歌』2021年9月号

夏なのか秋なのか憧れなのかフライドポテトなのか、ほおづえ

合歓の家、木蓮の家 思い出がただの付箋になるまでを、居て

「ゴールデンタイム」『現代短歌』2022年1月号

一首目の結句〈見ず〉にはびっくりしました。とはいえ、その唐突さに驚いたわけではないのは〈黒ずくめ 見ず〉の「ず」の繰り返しがあったからだと思います。肝がすわっている。残りの三首は挙げては見たものの正直なところまだ判断保留というところです。これでほんとうに一首として立っているいるのだろうか。そこで一首を支えようとしている言葉「しっかり」「ほおづえ」「居て」には一貫性があるように思います。

最後にもう一度〈、でもペンダント〉について。ペンダントは首もとだけにフォーカスすると結句的なビジュアルですが、身体全体で見れば初句二句の間ぐらいの位置にあります。事実、この一首のなかでペンダントがずっと沈みっぱなしかというとそうではない。〈、でもペンダント〉はバネにもなる。『崖にて』に〈ロマンチック・ラブ・イデオロギー吹雪から猛吹雪になるところがきれい〉という一首があります。北山さんの歌はイデオロギーや制度を相対化する眼差しを持ちつつもエネルギーそのもののポテンシャルは決して手放さない。吹雪を猛吹雪にしてしまう(イデオロギーとエネルギー(力)については『短歌研究』2021年8月号の平岡直子「「恋の歌」という装置」に詳しく書かれています)。北山さんがツイッターで新年の抱負として「今年はロマンチックな歌を詠みたい」とつぶやいていてあらためてそのことを思いました。