2019年7月11日木曜日

出島みたいに

書かなければならない形式的な書類がひとつある。集中して書けばおそらく一時間程度で終わる類のものなのだが、その一時間の集中が作れない。毎年書いている形式的な書類といえば、奨学金の返還猶予希望の書類だ。書き始めた頃は、返還猶予期間が最大十年だったのだが、うだうだ引き延ばしている間に最大十五年になった。夏頃に書類が届くので今年もそろそろである。今年こそ一人で生計を立てられるよう自立し一刻も早く返還できるよう努力します、と毎年のように書いている。社会的に見れば小さな、けれど個人的にはそれだけで数ヶ月あれこれと期待が持続するようなことがここ数年ようやく起こり始めた。しかしながら、それらはわずか一週間のネプリ配信期間中に感想がないかないかとエゴサを繰り返してしまうようなレベルのものだと考えることもでき、根本的な変化にはいたっていない。今年の冬に母親が精神病院に入院してしまったときもちろんそれは自分自身にとってもつらいことではあったけれど、根本的な変化が起こるかもしれない、という淡い期待を持ってもいた。要は、お金は使えば廻るのとおなじことで個人的に〈絶対値理論〉と呼んでいるものでもあるのだが、とにかく絶対値の値を大きくすることで環境に負荷を与えてやる。結果的に、根本的な変化は起こらなかった。引き延ばす、ということもそれはそれでひとつの生きる技法である。まだ、や、もしかしたら、を永遠に手放さないこと。そんなふうにして大阪でずるずる暮らしているわけだが、ただひとつの場所に消極的な理由でとどまり続けているにもかかわらず、周囲の環境はどんどん変化してもいく。信じられない人が大阪に越してきて隣駅のマクドでお茶をしたり職場内転職のようなかたちで大阪を離れた人もいた。秋にはまた新たな人々が大阪にやってくる。以前、東京に住んでいる人に「水沼さんが東京に来たらおもしろそうだけど、大阪に出島みたいにいるのもおもしろい」と言われたことがあった。出島みたいに、という比喩が気に入ったのでときどき自分が出島になっている姿をイメージする。そのときわたしがイメージする出島の位置は文字通り長崎にある出島なのだが、東京・大阪と大阪・出島は右から左にベクトルが向かうという点ではおなじなのでよしとする。きのう思いついた海老ペルーという言葉につぼっている。東京をあるいてメリークリスマス/今井杏太郎