2020年1月8日水曜日

(たぶん)(ひとりで)週刊短歌第8回

引用でふりかえる2015年2016年の短歌   水沼朔太郎

短歌同人誌「かんざし」

創刊号(2015年)

どうせなら宇宙へ行ってヘルメット越しに詩的な唇を読む/緒川那智

欄干に一人の影のゆれやまず肋骨を握られたやうだよ/村本有

終点は両端にあるはずふたりいつまでも待てるだろういつまで/北村早紀

二・三句目の〈ある・はずふたり〉の箇所がまずおもしろい。句跨がりというよりは関節外しのような趣きがある。下句は〈いつまでも待てるだろういつまでも〉と字余り気味にリフレインさせることで余韻を作ることもできたはずだが、そこが〈待てるだろういつまで〉と切り締められることで〈いつまでも待てるだろう〉というひとまずの未来への意志と〈いつまで(待てばいいの)〉という未来への意志のさらにその先の絶望とが定型の上で拮抗する。〈いつまでも〉が字余りだから見せ掛けの拮抗ではあるけれど、だからこそ。

雪に混じり小林秀雄も降ってきて新幹線は運休である/渡邉瑛介

まっさきに夏野原きて投げキッスの飛距離を伸ばす練習をする/工藤玲音

第二号(2016年)

当たらない七億円の半分が親に行くといふ君の寄せ箸/村松昌吉

昨日より可愛くなったはずなのにわたしと気付かれて驚いた/石井松葉

齧っては忘れるけれど早秋のいたるところで味をみておく/小野みのり

早朝ワンオペレーションにまかないをゲームのように食う一分で/森本直樹

ナチュラルに死にたくなれる 似たようなビルにおなじく似たような窓/安田茜